ちょっと道草食っていけ。

雑多な日々のあれこれを書いてます。

心がざわつくこんな夜更けに

今週のお題「卒業」

「人はつまりは動物で、感じとり、考え、行動していくものである。時間や季節、風と同じで次々に変化していくものだ。
変化と言うよりも通り過ぎていくものという言い方の方が私は好きだな。」

欅並木が青々と葉をつけ、これから何かが始まるようなこんな日にその人はそう言っていた。
私はまだ大学の一回生でよく知らなかったが、この大学の教授だったのかもしれない。駐輪場に自転車を停め、学舎に向かう途中にある喫煙所を横切った時に、呼び止められたのだった。
「君は幾つかね?」と聞かれ、「26です。」と答える。私は一度就職しており、この春大学に入学したばかりだ。「君の顔はそう…迷っている。」と言われ心がコトッと一跳ねする。「話して聞かせてくれないか。その話を。暇なんだ。」そう言われ喫煙所のベンチに腰を下ろす様にジェスチャーされる。煙草は吸わない。臭いが特に駄目だった。だからごめん被りたかったが、有無を言わせぬ吸引力に負け腰を下ろす。「君も一本どうかね?」と箱から飛び出た煙草を差し出してきたが断った。「さて、それで。」と促され、重々しく話始めた。「さっきの話、そう通り過ぎていくとかなんとかのあの話です。私は自分に胸を張れないでいる。周りの人間は変化していきます。私はいつまでも何かに足をとられている気がして。どうしても同じでなくてはいけない気がしてしまうんです。」「ふむ。君の周りの人間は通り過ぎていく、がしかし君は立ち止まっていると。」と言い直され、「はい。」と素直に返す。「例えばだが君は煙草を吸わないね。それにどちらかで言えば嫌っている。だが君は今もここに座っている。早く立ち去りたい筈なのに。」と言われ、「(それはあなたが言ったから)」と心のなかで返す。「まさにこんな状態なわけだ。」と楽しそうにくくく笑っている。「誰もが何かと通りすぎているんだよ。いつだってね。君だってそうだ。」と急に真面目に話始める。「皆がいつも歩いているとする。君に恋人が居たとしたらその人は多分平行して歩いているんだね。そしてもし彼女とギクシャクしているときは、彼女が早足だったり、斜めに歩いてみたり、回れ右して歩き出したりしているのかもしれないね。」そう言いながら、目線は空を漂う煙を追っている。「だから君だって彼女から見れば通り過ぎていくんだよ。その場から動けないなんてのは傲慢な話さ。それは他人に全てを委ねていることだからね。」と二本目に火を着けながら言う。「おっと、例え話だが彼女がいなかったら失礼。」とまたくくくと笑いながら言う。「だからね、君はここで学ぶといい。ここだけと言わず何処でだってだ。そして沢山通り過ぎてみなさい。その風景は卒業する頃には想い出になり、そうなった時には通り過ぎ方も分かってくるさ。」
そう言って煙を空へとふぅーっと流し込む。その煙は風に乗って私の顔で波打つ。ごほごほと噎せていると隣には誰もおらず、遠くに歩く背中だけが見えた。「煙に巻かれた。」と呟きくくくと真似して笑った。

朝の講義迄はあと30分もある。「彼女が働くパン屋にでも顔を出してみるか。」と頭をポリポリ掻きながら駐輪場に向かった。